建築家の色彩パレット

建築家が語る:プロが空間の色を決める前に考えるべき5つのこと

Tags: 色彩計画, 空間デザイン, 色の選び方, インテリア, プロの視点

建築家が語る:プロが空間の色を決める前に考えるべき5つのこと

空間の色を決めるという作業は、多くの人にとって楽しくもあり、また難しく感じるものではないでしょうか。壁の色一つで部屋の印象は大きく変わり、そこにいる人々の気持ちや行動にも影響を与えます。しかし、「何となく好きな色だから」というだけで決めてしまうと、後で後悔することもあるかもしれません。

私たちは建築家やデザイナーとして、空間の色彩計画に携わる際、単に美しい配色を目指すだけではなく、その空間が持つ特性や目的に深く寄り添うことから始めます。色彩は空間を構成する要素の一つであり、単独で存在するものではないからです。

ここでは、私たちが空間の色を決める前に、必ずと言っていいほど確認し、考えるべき大切な5つの視点についてお話ししたいと思います。

1. その空間の「目的」と「活動」を明確にする

まず最初に考えるべきは、その空間が「何のために使われる場所なのか」、そしてそこで「どのような活動が行われるのか」ということです。例えば、自宅のリビングルームであれば、家族がリラックスして過ごす場所なのか、友人を招いて賑やかに語らう場所なのかによって、選ぶべき色彩の方向性は変わってきます。オフィスの執務スペースであれば、集中力を高めたいのか、クリエイティブな交流を促したいのかによっても適した色は異なります。

色は空間の雰囲気を決定づけ、人々の心理に影響を与えます。落ち着いた色調は安心感や集中を促し、明るく鮮やかな色は活動的で楽しい雰囲気をつくり出します。その空間で実現したい「目的」や、そこで人々が「どのように感じ、行動してほしいか」という視点から色彩を考えることが、失敗しない計画の第一歩となります。

2. 空間に入る「光」の性質を理解する

次に非常に重要なのは、その空間にどのような「光」が入るのか、という点です。光は色の見え方を劇的に変化させます。

自然光の場合、窓の向き(南向きは終日明るい、北向きは安定しているが暗め、東向きは午前中に強い、西向きは午後に強いなど)や、季節、時間帯によって、光の強さや色(色温度)が異なります。人工光の場合も、照明の種類(白熱灯、蛍光灯、LEDなど)によって光の色温度や広がり方が違います。暖かい色の光(電球色など)は赤みを帯びた色をより鮮やかに見せ、涼しい色の光(昼白色や昼光色など)は青みを帯びた色を引き立てます。

同じ壁の色でも、自然光の下で見るのと、夜に人工光の下で見るのとでは、全く異なる印象になることがしばしばあります。そのため、実際にその空間で様々な光の下で色のサンプルを確認するなど、光の影響を考慮した色の検討が不可欠です。

3. 空間を構成する「素材」や「質感」との関係性を考慮する

色は壁紙や塗料だけで決まるものではありません。床材、天井材、建具、家具、カーテンなど、空間を構成するあらゆる「素材」や、それらが持つ「質感」も色彩計画において非常に重要な要素です。

例えば、無垢の木材が持つ温かみのある色合いや、コンクリートのクールなグレー、タイルの光沢感や凹凸など、素材そのものが色を持ち、独自の質感を持っています。これらの素材の色や質感が、選ぼうとしている壁や天井の色とどのように調和し、あるいはコントラストを生むのかを考える必要があります。素材の質感が光の反射の仕方を左右し、それが色の見え方にも影響を与えます。

全体の調和を考えるためには、主要な素材サンプルを集め、並べて検討することが有効です。素材の色と質感を活かし、それを引き立てるような色彩を選ぶことで、より深みのある豊かな空間を創り出すことができます。

4. 周辺環境や「外とのつながり」を意識する

意外に見落とされがちなのが、窓の外に見える景色や、隣接する空間との関係性です。空間は孤立して存在するのではなく、常に外部環境や他の空間と繋がっています。

窓の外に豊かな緑が見えるのであれば、その緑を引き立てるような、あるいは調和するような内部の色を選ぶことで、内と外が一体となった心地よさが生まれます。都市の景色であれば、それとは対照的な落ち着いた色で安らぎの空間をつくるというアプローチもあるでしょう。また、リビングとダイニング、あるいは廊下と部屋など、隣接する空間の色との連続性や切り替えをどのように行うかによって、空間の広がりや区切り方が変わってきます。

空間単体で色を考えるのではなく、その空間が置かれている全体の中での位置づけや、視線の先に何が見えるのか、といった「つながり」を意識することが、より心地よく、広がりのある空間づくりに繋がります。

5. 将来の変化や「柔軟性」を考える

最後に、空間の色を決める際には、将来的な変化の可能性についても少し立ち止まって考えてみましょう。例えば、家族構成が変わる、子供の成長に合わせて部屋の用途が変わる、将来的に家具の配置やスタイルを変えるかもしれない、といったことです。

あまりに強く個性的すぎる色を選ぶと、将来的に変更するのが難しくなったり、好みが変わった際に飽きてしまったりする可能性があります。基調となる色(ベースカラー)は、ある程度普遍的で、様々なスタイルに合わせやすい色を選んでおき、クッションや小物、アートなどでアクセントカラーを取り入れる、という考え方もあります。これにより、大きな変更をすることなく、比較的容易に空間の雰囲気を変えることができます。

ただし、空間全体を計画する際には、この「柔軟性」をどこまで求めるのか、あるいはある程度固定された世界観を追求するのか、という判断も必要になります。その空間を「いつまで」「どのように」使いたいのか、という長期的な視点を持つことが大切です。

まとめ

空間の色彩計画は、単に色を選ぶ行為ではなく、その空間の「目的」、「光」、「素材」、「周辺環境」、そして「将来」といった様々な要素を統合的に考えるプロセスです。これらの5つの視点を持つことで、感覚的な「好き・嫌い」だけでなく、論理的かつ機能的な視点からも色を選ぶことができるようになり、結果としてより快適で、長く愛される空間をつくり出すことに繋がります。

ぜひ、皆様ご自身の空間の色彩を考える際に、これらの視点を参考にしていただければ幸いです。