建築家が語る:空間の色を決める「質感」の重要性
このウェブサイト「建築家の色彩パレット」では、著名な建築家やデザイナーの皆様から、空間と色彩の関係性についてお話を伺っております。今回は、色が空間に与える影響は、単なる「色そのもの」だけでなく、素材の持つ「質感」によって大きく変わる、という視点について、ある建築家の方のお話を基にご紹介いたします。
質感は「空間の深み」を生み出す要素
空間の色を決める際、私たちはまず頭の中で特定の色を思い浮かべます。例えば、壁を白にしよう、床を木の色にしよう、といった具合です。しかし、プロの建築家は、色を選ぶと同時に、その色が乗る「素材」の質感も非常に重要視しています。
「私にとって、色と質感は切り離せない一体のものです。同じ『白』という色でも、それが漆喰の壁なのか、塗装された金属なのか、あるいは布なのかによって、空間に与える印象は全く異なります」とその建築家は語ります。
質感とは、素材の表面が持つ、視覚的あるいは触覚的な特徴のことです。ザラザラしている、ツルツルしている、光を反射する、光を吸収するなど、様々な性質があります。この質感が、光の当たり方や見る角度によって色の見え方を変え、空間に深みや奥行き、そして豊かな表情を生み出すのです。
光と質感が織りなす色彩
特に、光と質感の関係は重要です。例えば、凹凸のある壁材に光が当たると、陰影が生まれて色の濃淡が強調されます。一方、光沢のある素材は強い反射を生み、色が明るく鮮やかに見えたり、周囲の景色を映し込んだりします。マットな素材は光を柔らかく拡散させ、落ち着いた、深みのある色の見え方になります。
建築家は、この光と質感の効果を計算に入れて、色彩計画を進めます。「空間のどの部分に、どのような光が当たるのか。その光によって、選んだ色と素材がどう見えるのか。日中の自然光と、夜間の照明とでは、色の見え方も変わります。質感は、そうした時間や光の変化に対する空間の応答性を高めてくれます」とその建築家は説明します。
例えば、自然の素材である木や石は、一つとして同じ模様や質感がありません。これらの素材が持つ微妙な凹凸や色のムラが、空間に温かみや奥行きを与え、そこに人の気配や時間の流れを感じさせるのです。
空間を豊かにする質感の組み合わせ
さらに、異なる質感を持つ素材を組み合わせることで、空間にリズムや対比を生み出すことができます。例えば、滑らかな壁面に木目の粗い家具を合わせたり、硬質な床の上に柔らかなラグを敷いたりすることで、視覚的・触覚的な面白さが生まれ、単調ではない豊かな空間を作り出すことが可能です。
建築家は、素材の持つ色と質感を「空間のパレット」の一部として捉え、全体のバランスを考えながら慎重に選び組み合わせます。「単に好きな色を選ぶのではなく、その色がどのような素材に乗り、周囲の素材や光とどのように作用し合うのかを想像することが大切です。質感は、空間の『肌合い』のようなものと言えるかもしれません」とその建築家は語ります。
ご自身の空間への応用
では、私たち自身の生活空間や働く空間に、この「質感」の視点をどのように応用できるでしょうか。
まずは、今ある空間の色だけでなく、壁、床、家具、カーテンといった様々な要素の「質感」に意識を向けてみてください。それぞれの素材がどのような手触りや見た目を持っているか、光に当たるとどう見えるかを感じてみます。
もし何か新しい要素を取り入れる際には、色だけでなく、素材の質感も考慮して選んでみましょう。例えば、壁にアートを飾るなら、絵の具の凹凸やキャンバスの布目、額縁の質感などを考えてみる。クッションを選ぶなら、色だけでなく、リネン、ウール、ベルベットといった素材の持つ質感や光沢の違いを比較してみる。こうした小さな積み重ねが、空間の質感を豊かにし、色の見え方にも深みを与えてくれるはずです。
建築家のように空間全体を設計することは難しくても、身の回りの「色」と「質感」の関係に意識を向けることで、きっとご自身の空間をより心地よく、豊かなものにしていくヒントが見つかることでしょう。